常滑市の南部に坂井海岸という海水浴場がある。コンクリート護岸がおよそ1kmに亘って広がり、夏場はそこそこ賑わっているようだが、まだ春、しかも今日は雨である。誰もいない。
以前からこの坂井海岸にはちょいちょい車やバイクでやってきているのだが、今日わざわざ訪れたのは、先日書いた記事の反芻をして、文章面では何をどうすれば紀行文らしくなるのだろうと考えるためである。
夜半からしとしとと降り続ける雨はコンクリートで固められた護岸を濡らし、私のいる車のフロントガラスに小さな水滴をたくさん作っている。ああ外に出ればせっかく朝風呂に入ったばかりだというのに頭が濡れてしまう、それよりもサンダル履きの足元が不快になるに違いない。
しかし外気を感じようとあえて外に出てみると、雨脚がそう強くないこともあり、快適とまではいわないまでも不思議と平気だった。世の中の大抵のことは案ずるより産むが易しなのだ、と思いつつ、恐らくこの格言は21世紀には口に出し辛くなっているに違いないとも思う。
遠くで鵜の一団が羽を休めている。何も雨に打たれる場所にいなくても良いではないかと思うのだが、彼らにも事情があるのだろう。
海水浴場を覆うひんやりした湿った空気は、相対的に子供の頃訪れた内海の海水浴場を思い起こさせた。
思えば私も小学5年生までは昭和を生きており、当時は人間などどこにも履いて捨てるほどいたものだから、レジャーに行っても雑な扱いをされたものだった。芋の煮っころがしの中の一つの芋でしかない状態は、個人の感情はどうあれ効率が良かった。
レジャーは単純だった。海があり、そこで泳ぎ、美味くもない焼きそばか何かを食べ、日焼けをして帰る。そこに意味のあることなど一つもなく、ただ並べられた記号を遊ぶだけだったようなものだが、たしかに楽しかった気がする。
雨の海水浴場は、そうした無邪気な楽しみと対比するからこそ物悲しく感じられるものかもしれないが、だからこそ紀行文的なのかもしれない。紀行文は紀行した人の内面を扱うのだから。

