俗:横須賀

 横須賀へ降り立ったのは、2023年のことだった。
 それまで10年以上関東に住み、横浜まではちょくちょく出かけることがあったが、横須賀は初めてだった。横須賀といえばスカジャンと軍港、あとは小泉純一郎くらいしかイメージがなく、単に用事がなかったのである。

 横浜での出張撮影が土曜で終わったので横須賀へ移動して一泊し、日曜は写真仲間と集まって写真を撮ることにした。宿はドブ板通りから一本外れた安ホテルである。朝からしとしとと降り続く雨はホテルに着いてもまだ止まなかった。

 ホテルの周辺は小ぢんまりとした飲み屋街だった。英語表記が多いから米兵相手の店が多いのだろう。空母の入港時などはえらいことになるのかもしれないが、大多数の店は閉まっており、おとなしいものである。軽くうねった道路沿いに低層の建物が並び、その前に並ぶバーやクラブのどぎつい色の看板が異国情緒を感じさせないでもない。

 その飲み屋街の端に、なんとか飯店とでも看板が掲げられていそうな古いホテルが建っていた。昭和感の残る入口をくぐり、フロントで予約した旨を告げると、調度と同様に擦り切れた制服のクラークが疲れた表情で、しかし親切にチェックインの処理をしてくれた。脇を見ると簡体字のけばけばしい注意書きがロビーのあちこちにある。

 部屋は7階だった。ここも昭和が色濃く残る。ホテルとしての耐用年数でいえば完全に消化試合に入っているような雰囲気だが、安ホテルの部屋にはヤニ臭さがなく、南京虫が出ないことくらいしか期待しないので十分である。ホテル滞在それ自体がレジャーになることはない。荷物を置き、先に夕食を確保しておこうと一旦外に出てコンビニへ向かう。

 ホテルから一番近いコンビニは坂道に半分埋まったような変な造りだった。入口前の傘立てに、そこまで差してきた使い捨てのビニール傘を何気なく挿して入店し、買い物を済ませて出たらもうなくなっている。

 見ると日本人の若者が私の持ってきた使い捨て傘を差して立ち去るところだったが、声を掛けるのをためらった。それが私の傘だったという明確な証拠がないから水掛け論になるのは必至だ。そこで窃盗を指摘されて素直に謝るような人間であれば、最初から盗まないだろう。なるほどこれが横須賀ルールか、と納得した。

 コンビニの店内にもホテルの周辺にも、米兵と思しき白人や黒人のたくましい男たちがうろついているが、彼らは特に周囲の治安を悪化させているという感じはない。もちろん悪い奴も混じっているのだろうが、表面的には穏やかなものである。

 しかしなぜかそこに混じってうろちょろしている日本人たちが、米兵たちの醸し出す異国感に便乗して日常を逸脱しようとしているように見受けられた。日常からの逸脱とはすなわち、直接、間接の暴力を背景にした序列の変更である。

 もっと平たい言葉でいえば、道理を引っ込めるために暴力をちらつかせることだ。チンピラがチンピラらしい格好をしてチンピラらしい車に乗っているのは、道理を曲げる彼らを糺そうとする者を、暴力の予感でもって黙らせ、黙らせたことにより得をした気持ちになるためである。

 ワルというのは要約すれば全てこの原理に則って動いており、例外はない。
 俗というのはこの暴力の法則により近いところで暮らす姿であり、横須賀はその点で強く俗を感じさせる環境であると感じさせられた。

 もちろん、このような俗らしさは飲み屋街周辺に強く出る電波のようなもので、横須賀全体として見ればごく普通の人々が沢山暮らしているから、全ての横須賀民が俗悪であるということでは決してない。
 ただ、土地に限らず、人でも職業でも、目立つ一部に象徴されてしまう面は間違いなくあるし、当事者たちはそうした、象徴的だが実は例外的な一部によって形作られる先入観を、苦々しく思いつつも受け入れざるを得ない。
 それは最終的に自虐的な笑いに持ち込むしかないのだろうと思うし、ひょっとするとそれこそが文化の源泉なのかもしれない。

 ホテルの部屋へ戻るとすぐに日は暮れた。
 雨は窓の下に通る飲み屋街の放つ色付きの光を路面に反射させて妖しい雰囲気を放っていた。夜遅くまで飲み屋街から上ってくる、いかにも歓楽街らしいクラブ音楽や嬌声を聞きながら、浅い眠りに落ちた。


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