窃視する趣味

 江戸川乱歩の全集をAudibleで聞いていたら、化人幻戯(けにんげんぎ)という小説に、望遠鏡で虫や人を覗き見て楽しむ「レンズマニア」というのが出てきて、これはカメラ趣味にストレートにつながる類の変態だと感心した。

 この化人幻戯に登場するレンズマニアたちは主人公の青年が秘書を務める主人とその夫人で、日ごと双眼鏡や望遠鏡、時には顕微鏡を覗いては、レンズ越しにものを見る趣味に耽っている。

 しかもその目的は、昆虫を観察してその生態を記録するような「真っ当な」ものではなく、レンズを通して拡大されたその異様な世界こそを楽しむことにあるのだ。いかにも江戸川乱歩のキャラクターらしいフェティッシュさである。

 フィルム写真の時代の解像は、感材の限界もレンズの限界も低く、また検証方法もアナログだったから、手軽に楽しめるものではなかった。フィルムはどれだけ微粒子と謳われたものであっても、少し拡大しただけですぐにザラザラしたノイズの集合にしか見えなくなる。
 離れて見れば像を結ぶが、より詳細に見たいと思って拡大すると儚く消えてしまう、ケミカルではあるが実に牧歌的というか、ある意味では呪術的にすら見える世界である。

 ところがデジタルになってみると、写真データの1画素をモニターの1画素に照応して表示することが1クリックで出来るようになった。解像しているのかしていないのか、ひと目で分かってしまうのである。そうなると撮影者もカメラ、レンズメーカーも、解像している状態を当たり前と思い込んでしまうから、写真に謎の潜む余地はどんどんなくなって行った。

 化人幻戯のレンズマニアたちの悦びは、望遠レンズを覗き込むことで肉眼を超えた能力を獲得することのみにあるのではない。こちらからは向こうが見えているのに、向こうからはこちらが見えない情報の不均衡に興奮する、窃視の昏い悦びも多分に含んでいる。

 実際、300mmを超えるような超望遠レンズを覗き込んでいると、レンズマニアたちと同じようにイケナイことをしている気分になることがあり、ここからごく一部の者が本格的な窃視趣味に踏み込んでいくのだろうと思う。

 しかし写真はそれ自体が窃視的である。盗み見ることに性的な興奮を覚えるか否か、その程度の違いしかなく、どれだけ高尚なお題目をくくりつけようとも、「覗き見るのが楽しい」点を無視して成立するものではない、というのが私の持論である。


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