農村スナップ散歩して思うこと


 常滑に限らず、日本の農村が黄色に染まっている。要注意外来種に指定されているセイタカアワダチソウの色である。

 国立環境所のサイトに掲載されている情報によれば、北アメリカに広く分布するキク科の植物で、元はススキが多かった日本の田園風景に黄色い彩りを勝手に添えて回っている。

 写真を撮る上では色が付いていた方が楽しいといえば楽しいのであるが、見ているとなんとなく鼻がムズムズしてくる。花粉症の原因になるという人もいればならないという人もいて判然としない。

 このセイタカアワダチソウとススキ、勢力を争って混在した状態になっているらしく、常滑の田園地帯でも接戦を繰り広げている。

セイタカアワダチソウ VS ススキ まるで戦争絵のよう

 テリトリーを争うという点では世界中で今も起きている人間同士の争いごとに似た部分がたくさんあるのだろうと思う。人間の生き死には人間にとってたしかに特別でなければならないが、同時に自分に直接の関係がないと思えば植物だろうと人間だろうと同じことだ。むしろ人間の死は推理小説など娯楽に彩りを添える便利なスパイスである。それくらい鈍感でなければ生きていけない。宇宙開闢以来のすべての事象に共感していては神経が保たないだろう。

 日本の生態系の維持について興味のある人の持っている水準と比べると、ブラックバスの放流のように、気にしない人間は短絡的にどんどんやってしまうのも共通らしい。一部の軽率なアホによってそれまで絶妙に保たれていた均衡が破られ、大事なものが失われる物語は古今東西いくらでも挙げられる。

 最近でいえばトコジラミが爆発的に勢力圏を広げており、やれ韓国がやられた、次は日本だと騒ぎになっているそうだが、それもコロナウイルス同様、国境をまたぐ者が帯びて来るから以外にない。

 望んで運び屋になる者はそうそういないと思うが、それでも厄介なものを越境させてしまうのは恐らくほとんどが軽挙妄動パターンで、慎重を期したのに残念ながら、という例はあまりないだろうと思う。それも世の常だからだ。自らが巻き込まれないように指をクロスして祈りつつ、一部のバカの責任を全体でカバーするしかないのである。

 いつの間にか外部から持ち込まれ、そこらじゅうで農村を黄色に染めてきたセイタカアワダチソウだが、自らの毒性の強さが災いして自滅の傾向もあるらしく、最近では各地でススキが優勢になってきているとも聞く。

 人間の世界でも強すぎて自滅パターンを辿る者が少なくないし、大体は権力を得て一定の時間が過ぎると中から腐る。あとはその時間が短いか長いかの違いしかない。
 それもまた人類普遍の法則である。


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