常滑をとことこ撮る


 ここ一週間ほど、急に思い立って常滑市の広報を勝手にやるinstagramのアカウントを立ち上げて、そのために写真を撮っている。

 西東京から常滑に越してきたのは去年の11月だから、気づけばもう1年が経とうとしているのだ。早いものである。引っ越す前に「半年から一年は遊ぶ」と宣言していたが、本当にその通りになってしまった。
 もちろんその間に、名古屋での仕事の方向性を見出そうとあちこちに顔を出したり出さなかったりしていたのであるが、どうにも常滑から出たくない。正確にいえば気持ちの上では旅に出たりあれこれやりたいのだが、私の自律神経が常滑から出たがらないのである。
 名古屋の中心部は車で1時間程度だから、ワークショップなど人が集まりやすいものについてはそちらでやっているのだが、可能であればすべて常滑で開催したいくらいである。

 別に常滑から出たからといって途端に真っ青な顔になって泡を吹いたりするわけではないし、東京にも撮影やワークショップがあるから2ヶ月に一度のペースで出張しており、出てしまえば何の問題もないのだが、「俺は良いけどヤザワがどう言うかな」的な感覚で、私の中の何かがなんとなく常滑から出たくないとブレーキをかけるのである。最近は無理に逆らう必要がないような気がしてきた。

 また人物写真を撮りたい撮りたいと思いつつも、目的なしに自分の欲望のみで撮るというのがなかなか苦手で、しかも現在は特に決まった撮影場所を持っているわけではないから、名古屋で撮影相手を探し、かつ双方とも集まり易く先方に安心して来てもらいやすい場所で、初対面だとスタジオをレンタルしてもいきなり来ない可能性があんがい高いから初回は屋外で……などとやっているとこれも億劫である。

 だから主催している虎の穴というオンラインサロンで人物撮り研究会を月例で開催し、そこへ少しずつ被写体となる人に遊びに来てもらい、互いに撮影スキルを高めつつ人脈をじわじわ広げて行く試みをしているところである。結局人間コネの生き物なのだ。

 名古屋に出て来られて撮られてみたいという方は是非メールでもinstagramでもご連絡いただきたい。参加者一同、撮る側の欲望で撮り散らかすのではなく、双方できちんと使えるクオリティの写真を撮ることを目標にしているのできっと損はない筈である。とりあえず2023年は11月、12月と名古屋市内での開催予定だ。

勝手広報

 そんなこんなで、気楽に目的なく撮るのは常滑市内の日常スナップくらいだなあ、と思っていたところ、せっかく毎日狂ったように(いやもう狂ってしまっているのだろう)写真を撮っているのであれば、常滑の広報を勝手にやることにして、それをintstagramで流せば少しは地域の役に立てるかもしれないと思い立った。

 思い立って友人に相談してみると、運営で手伝ってやっても良いと言うので、私は撮影に専念し、友人はひたすらそれをネタにinstagramへ投稿してくれている。実に良い関係だ。

常滑とことこ | Tokoname TokoToko🐾(@tokoname.tktk) • Instagram写真と動画

 その日から早速カメラを抱えてやきもの散歩道界隈を歩いて撮って、時にはお店や施設の方にお話を伺ってみると、ただ撮っていただけの常滑とは自分の中で認識が変わり始めて面白い。やはり人と会って話を聞くことは重層的に理解するために必要だ。

 何も考えずに日常スナップを撮る対象としての常滑は、良い被写体が沢山あるのにネット上には良い写真が流れこない不思議な町だったのだが、それは常滑に生まれ育った当事者の皆さんが、身近すぎて魅力に気づいていないことによるものだと分かった。

 また常滑で製陶所を営まれていた方にお話を伺ったところ、常滑は土管やノベルティなど、B to B商売がメインでずっとやってきた土地柄だから、観光のようなB to C商売に慣れていないところがある、と常滑の産業構造のせいで観光誘致に対する不器用さがあるのも明らかになってきた。

 なるほど自分がどれだけ素晴らしいコンテンツを持っていたとしても、それが他者にとってどう素晴らしいのか理解できなければ売り込みようがないのである。常滑に観光に来る人、といっても様々な人がいるから、ただ漠然と売り込むのは難しいだろうと思う。

 また常滑のみならず愛知県全体、よその人から愛知に旅行に行くと言われると「えっ、何か見るものがあったっけ?」となってしまう気質もあり、常滑の人にとっては常滑が良いところだから遊びに来て、と発信するのは「わたし美人だから」と言い出すような羞恥心がある。実際に美人かどうかは別として、自らの美点を箇条書きにして他所の人にアピールするようなことは出来れば避けたいのだ。私も名古屋生まれだから気持ちはよく分かる。

 実際に常滑の観光協会WEBサイトを見てみると、恐らく外注カメラマンの撮ったきれいな写真で要所をきちんと押さえており、ふと常滑に行ってみようかなと思った人が検索して見てみる分には情報がまとまっていて便利なのだが、カタログ的に「まとめる」ことに終始しているのである。私も単純に撮影仕事として依頼されて撮ったらこうなるから気持ちは良く分かる。

 まるで営業マンが自社の製品を顧客の役に立つ世界一の製品と信じ切っていないかのようで、実際に住んで撮って回ってみると素晴らしいポテンシャルがあるのに実にもったいない。「何があるのか」は一通り分かっても、「どう気持ち良いのか」までは伝わってこないのである。これは発信する側の情熱の問題だ。

 とりあえず私に出来るのは、行政から任を負っているわけでもないから常滑のあちこちを気の向くままに「この角度が素晴らしいんですが」と撮り、「どうですか」とインスタでプレゼンすることだ。移住して一年だから、まだよそ者の気持ちで常滑を眺めることが出来る。

 今後は可能なら陶芸家や農家など、人も撮っていきたい。撮る分には本業がカメラマンなので技術も機材も全く困ることがない。

事前の期待値を上げる

 写真が楽しくも恐ろしいのは、たとえば常滑を知らない人が私の写真だけ見ていれば、私の思った常滑のイメージを実際に来てみるまで持ち続けるし、それどころか上手くやれば写真によって期待のフィルターを掛けた状態で「これがあの写真で見た!」と気分を盛り上げたまま現地をより楽しんでもらうのも可能なことだ。

 つまり写真で撮るということはものの見方を固定して提示することだから、見た人の脳内に現実とはまた別にイメージを形成することが可能なのである。そしてその先行イメージのフィルターを通してものを見てしまいがちなのが人間である。あまりにギャップが大きいとパリ症候群になってしまうから気をつけなければならないが、人間は先行イメージに大いに左右されるものである。

 常滑にいきなり来た人と私の撮った写真を見てから常滑に来た人では捉え方が違う筈だし、違ってくれないと観光誘致の写真を撮る意味がないのだろうと実際にやってみて思う。それがあまりに誇張したものであってはいけないが、嘘をつかない限り化粧はして良いのがルールだ。

 それには私がもっと常滑という土地を観察し、解釈しなければならないだろうが、何より最高なのは自分の住んでいる地域から出ずに済むから自律神経にたいへん優しいということだ。面白い遊びなのでしばらく続けようと思う。


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