大野紀行

 常滑市の北部にある大野という町へ、紀行文取材に行ってきた。移動時間はおよそ15分である。

 大野という町は常滑市内にあっても、常滑駅を中心としたエリアとは別、という雰囲気で、祭りも何もかも、独自開催を好む気風があるのが面白いところだ。
 実際、常滑駅あたりは常滑城、大野は大野城の城下町であって、1954年に合併するまでそれぞれ常滑町、大野町という別の自治体だった。地場産業も常滑は古くから窯業が盛んで、大野は廻船業やそれに伴う鍛冶に潮湯治とかなり違っている。

 自宅のある常滑南部から車に乗り込んで北へ。常滑駅を超え、多屋、鬼崎、西之口と、昔は商店が立ち並んでいた旧街道沿いに走り、UFJのATMがあるところで左に曲がって2〜300メートルも走れば海岸に出る。首都圏は参院選でだいぶ騒がしかったようだが、このあたりは静かなものである。

 大野町の海側で目印になるのは矢田川水門というコンクリートの大きな水門で、これが大野の漁港と町並みの境目に立っている。
 水門の傍に車を停め、ドアを開けると、辺りは初夏と呼ぶには少し激しい太陽の光に照らされていた。真昼なので影がほとんど出ていない。

 海に面したコンクリートの護岸は数メートルごとに段がついて海面まで降りることが出来、それが遠くに見える大野海水浴場までゆるやかに続いている。平日の真昼間だからか人の姿がなく、唯一黒いTシャツに黒い短パンの老人が、コンクリートブロックの上に腰掛けて海を眺めていた。

 短く刈り込んだごま塩頭に金属フレームの分厚いメガネをかけた老人は、年齢でいえば70代だろうか、ただ黙って何もせず海を見つめている。これは何も珍しい現象ではなく、常滑の海っぺりに来るとほとんど確実に誰かしら中高年の男性が海を眺めている。

 波は穏やかな伊勢湾のこと、大きくも激しくもなく、静かにたぷたぷと大野の海岸に打ち寄せていた。その様子をじっと見つめる老人の姿に、昨年、同じ大野の海岸で望遠レンズを持った中年男性に話しかけられたことがあったのを思い出した。

 彼は眼の前の伊勢湾に入ってくる大きなタンカーを見るために来ており、無線を聞いたり別の場所でタンカーの姿を確認して陸路で追いかけたりしているそうで、まるで鉄道マニアのタンカー版のようだった。
 私は乗り物にそれほど強い関心を抱いたことがないので、ほらあれはコンテナ船、あれはガスを積んでいるから丸いタンクが、などと解説してくれるのを、不思議な気持ちで聞いたものだった。
 男子は質量の大きな乗り物に惹かれがちである。彼は今日も元気に大きな船を追いかけているのだろうか。

 海岸に沿ってしばらく歩くと、大野海水浴場が見えてきた。

 海水浴場の傍らには大きな鉄骨の建物があり、青いペンキで塗られていた。どうやら海水浴に来た客にアルコール含め飲食させる施設らしく、海岸にはあまり人がいないのにその施設はなかなかの盛況のようである。建物のスピーカーから、aikoの2000年頃によく売れた花火がどうこういう曲、次にゆずのこれまた2000年ごろに大変よく売れた自転車で坂道をどうこうする曲が不必要な大音量で流され、あたりの空気を震わせていた。

 思えば2000年から四半世紀も経っている。20歳そこそこだった当時の私は、まさか2025年の私がこんな半分無職のような変わった暮らしをしており、しかも写真を撮って収入を得ているとは思いも寄らなかったろう。初めてのカメラを買ったのは25、6歳の頃だったはずだ。

 海水浴場にカメラを持っていても通報されかねないのでそこで引き返し、海岸線に沿うようにある古い町並みの中を抜けて車まで戻った。

 常滑市は景観条例がやきもの散歩道界隈に限って制定されており、大野エリアでは建築基準法に反しない限り好きに取り壊しや建て替えが可能なようで、港町らしい黒い板塀が並んでいる中に、突然アメリカ風の家が現れて、見ているこちらがなぜか居心地の悪い思いをしたりする。

 矢田川の水門あたり、堤防がゆるくカーブしているのに合わせて古い民家がいくつか並んで残っているが、そのうちの何軒かは空き家になっていたりするようで、この町並みもいつまで残っているだろうと思うし、明らかに人口減少する日本全体で考えても、大野のように新旧の家が入り乱れつつも、徐々に全体が空き家化していくのは間違いないだろう。

 写真を撮る人間としては、生活者であるよりも傍観者である立場のほうが強く、何がどうなろうがそれはその地域の人間が決めること、という気分である。わたし個人としては生活というものに昔から興味がなく、それは裏を返せば自分がどこかに根ざして利益、不利益を周囲の人間と共有しないということだ。

 それで良いのだろうかと思わないでもないが、最低限日本国民であるという共通項はあるわけで、そのことは取材の直前に行われた参院選でも強く感じたところだ。

 結局、一旦車に戻ったものの、漁港の様子を見に行き、堤防の先端で強風と波に晒されながら狩りをする白い鷺をしばらく撮ってから帰宅した。

 移動時間にしてほんの15分、車移動でスナップ半分ではあったが、なんだかんだで小旅行のような気分になれた大野行だった。


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