以前から紀行文がやりたいと思い、時折思い出したように書いているのだが、どうにも私がやっていることは紀行文になっていないような気がしていた。
それは取材の段階で撮影に集中しすぎているせいでもあり、また紀行文というものが一体どういう立ち位置でどういう人間に書かれるものなのか、分析が足りなかったせいでもある。
どうせ写真は撮るのだから、写真を主体にして文章をくっつけても良いのではないかとウラジオストク訪問記を書いてみたら、変に真面目過ぎてルポになってしまった。それはそれで良いのだが、ルポは事実をベースに積み上げていくものであって、紀行文、すなわち旅エッセイとはまた違うものだ。
このブログに以前書いた「パリ郊外(Pantin)」という記事も、事実をベースに考察を加えて、その合間に現地で好きにスナップしてきた写真を挟んで、という形で、私としては気に入っている記事だがこれも紀行文では明らかにない。
というようなことを念頭に置きつつ日々を送る中で、どうも紀行文は「私が」「どう感じた」というところを主体に自己の内面をひたすら書き綴ることで成立するものであって、事実関係をどうこうするのはルポになるのだなあ、という、恐らく関係者にとっては当たり前の事実がようやく私の脳にも染み込んできた。話として知っていても、実際に失敗してみないと納得できない性分である。どれだけ優れた教訓や警句があろうとも、他人事はしょせん他人事でしかない。
写真が多すぎ問題
また「パリ郊外」の記事もそうであるように、写真が多すぎるし、その写真もスナップとはいえ情報量が多すぎる。
写真での情報量のコントロールはボケを代表にさまざまなツールがあり、撮影者が好きに選べば良いものなのだが、私の写真は本業がカメラマンであるだけにどうしても情報量を多めにしてしまう。写真だけで説明仕切らなければならないという意識が働いているのだ。




兎角現代のミラーレス一眼は写りすぎる。こう書くとまるでアナクロ趣味の老害のようだが、事実、肉眼で見た状態と比べると、明らかに、恐ろしいほど精彩に写るようになっているし、ブレや収差など、データの健全性という観点からの欠点は極限まで削ぎ落とした写真がボタン一発で撮れるようになっている。
各種フォトコンを含め、商業的な場であれば人の目に刺さってなんぼ、というところがあるからその方向性でカメラを売るのも良いだろう。むしろ中途半端に情緒に訴えてもモノは売れないから仕方がない面もあるのだろうが、先進的な機器を使って正しく目に刺さるように撮った写真が、文章を読ませる紀行文記事の挿絵として馴染むかというと、結論として馴染まないのである。

これは近江八幡に行った際の記事も同様で、私としてはあれでも自分の手を縛り、写真に集中しすぎないよう気をつけたつもりなのだが、後から振り返ってみるとフルサイズ機を首から提げている時点でやる気満々、頭の中は「さあどう撮ってやろうか」になっていた。
目に刺さるように撮る写真、言い換えるとびっくりさせることが目的の写真は、紀行文の挿絵に向かない。おそらく壁に飾るのにも向かないだろう。
ただ近江八幡取材は、あとがきでも書いたように、紀行文取材でするべきことがだいぶ見えてきた点で収穫が大きかった。
紀行文の取材で大事なのは、現地の空気を鼻から一杯に吸い込んで感じること、あたりの人の様子を見て話を聞くことだった。今後は文章で100%語り尽くし、写真は「なくても良い」くらいの感じで行こうと思う。
旅から帰ってバッグを開けた時に未使用のカメラを見つけて「あ、撮るの忘れてた」くらいになりたいものである。
